大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和46年(う)82号 判決 1971年11月30日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

ただし、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は札幌高等検察庁検察官検事近藤康提出の控訴趣意書および控訴趣意補充書に各記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。

論旨は、原判決は、本件公訴事実中、昭和四三年八月一九日付起訴状一覧表番号1ないし35ないし71617192029の各事実につき、公訴事実とまったく同一の事実を認定しながら、弁護士法(以下、法という。)七二条前段にいう「その他一般の法律事件」には、「紛争の実体、態様などに照らして一般人がこれに当面しても通常弁護士を依頼して処理することを考えないような簡易で少額な民事の法律事件」は含まれないとの見解のもとに、右各事実につき同条前段違反罪の成立を否定したが、右は、同条の解釈適用を誤つたものである。すなわち、同条前段にいう「その他一般の法律事件」とは、「同条例示の事件以外の権利義務に関し争いがあり、もしくは権利義務に関し疑義があり、または新たな権利義務関係を発生させる案件」を指すと解すべきであつて、原判決のような制限解釈をする合理性はないのみならず、右解釈は、抽象的かつ不明確で採用できない。また、原判決が右解釈を具体的事案に適用した結果も合理的でない。以上の次第で、原判決の右法令解釈適用の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて審按するに、法七二条前段にいう「その他一般の法律事件」とは、同条例示の事件以外の、「権利義務に関し争があり若しくは権利義務に関し疑義があり又は新たな権利義務関係を発生させる案件」を指すと解するのが相当であり(東京高等裁判所昭和三九年九月二九日判決、刑集一七巻五九七頁)、右の点に関する原判決のような制限解釈は、当裁判所の採用しないところである。そして、原判決の認定によれば、原判決が同条違反罪の成立を否定した所論指摘の各事実は、有罪とされたその余の事実と同様、第三者の依頼を受けて、自動車事故の損害賠償に関する示談交渉等を、業として行なったというものであり、右が、前記の意味における「その他一般の法律事件」を取り扱つた場合に該ることは明らかであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈の誤りがある、といわなければならない。

もつとも、原判決は、同条の解釈として前記のような見解を採るべき根拠として、(一)同条の立法趣旨、(二)法律社会の実情、(三)規定の文言解釈の三点を挙げ、それぞれの点につき、詳細な分析、検討を行なつている。そして、その鋭い問題意識と、豊富な引用文献に裏付けられた現状の分析等の中には、傾聴すべき点が少なくなく、右は、関係機関に現状の改革の必要性を説く限度において、もとより一個の貴重な見解たるを失わないけれども、現状の改革に急なるの余り、刑罰法規の解釈として許される限度を逸脱したものというのほかなく、にわかに左袒し難い。以下、この点に関する当裁判所の見解を、若干補足説明する。

一原判決が、前記のような解釈をとるべき根拠として掲げる右三点のうち、(一)および(三)の点は、右見解を積極的に理由づける論拠としては、さして重要な意味を有しないといわなければならない。すなわち、まず、右(一)の点についていえば、法七二条の立法の沿革からみて、同条が、いわゆる業として行なう非弁護士活動を全面的に禁止する目的のもとに立法されたものであること自体は、とうていこれを否定し難く、法律事件の適正な処理が社会生活上不可欠の要請であること等からみれば、右のような立場も、立法論上批判の余地が絶無であるかどうかは別として、相当の合理性を有するといわなければならない。右の点に関する原判決の説示も、右立法の趣旨・目的を全面的に否定するものではなく、ただ、右立法の趣旨を実質的に勘案すれば、右は、原判決のような解釈の妨げとはならないとの趣旨において、いわば、右解釈の消極的意味の理由づけとして掲げられたものと解される。また、前記(三)の点も、同条の文理解釈としては所論の主張するような解釈の方がむしろ素直であるといわなければならず、この点に関する原判決の説示も、前記のような解釈を積極的に理由づけるものとしては、いささか説得力に欠けるきらいがある。

二原判決の理由の力点は、前記(二)の点にあると解される。すなわち、原判決のいわんとする趣旨は、わが国の法律社会の実情(いわゆる法律事件の激増、これに対応すべき弁護士人口の絶対的不足、地域的偏在、しかもそれが一時的過渡的現象と見られないこと等)から見て、同条にいう「その他一般の法律事件」の意義を前記の趣旨に理解しなければ、不合理であつて、違憲の問題をも生ずるのに反し、右のような解釈をとれば、司法制度の理想の実現にも役立つ、という点にあると思われる。たしかに、現在のわが国の弁護士制度が、原判決の挙げるような種々の理由から、激増する法律事件の処理に対応し切れず、とくに、いわゆる簡易少額な事件について、国民に迅速低廉な法律的サービスを提供するとの面において、十分でないものがあることは、原判決の指摘するとおりであると考えられる。したがつて、右のような現状を改革するため、一定の限度において、弁護士と非弁護士との競業を認めるということも、一つの有力な提案であること、論をまたないところである。しかしながら、立法論として、右のような提案が、有力な改革案の一つであるということから、ただちに、原判決のような見解が、現行法の解釈論としても正当であるということにはならない。ある刑罰法規の処罰範囲が、その文理解釈によつてはいささか広くなりすぎると思われる場合に、論理解釈その他種々の法的解釈技術を通じ、右処罰の範囲を一定の限度に制限するということは、もちろん許されないことではないけれども、それは、あくまでもその定立する基準が相当程度明確かつ合理的である場合に限られるのであつて、不明確な基準を用いた恣意的な法の解釈は、厳にこれを慎しまなければならない。

三そこで、右の観点から、さらに検討を進めてみるに、原判決の掲げる前記のような解釈は、まず、その基準の明確性ないし合理性において、多分に疑問であるといわなければならない。原判決も、その自らの定立した基準が、いささか明確性に欠けることを認めているが、この点は、果たして、原判決がいうように、「やむをえない」ものとして許容される程度のものであろうか。原判決は、本件のような交通事故を原因とする損害賠償事件について、何がそのいうところの「簡易少額な事件」にあたるかは、結局において、「損害賠償請求権の成否についての争いの有無、その程度、損害の大小、被害者側の要求の内容、加害者の意向、その他事件の規模、態様」に照らし、「一般人がこれに当面した場合、通常、弁護士に依頼して処理することを考えるかどうか」などを総合して決すべきであるとしているが、その掲げる判断の基準自体、かなり漠然としたものであつて、具体的な案件が、右基準に合致するか否かを判断することは、はなはだしく困難である。現に、原判決は、右基準の具体的案件への適用にあたり、おおむね、(1)加療期間一カ月以内の人身事故で、(2)治療費を除く示談金額が一〇万円以下であり、かつ、(3)右示談を成立させるにあたり、当事者間に大きな主張の対立がなかつたものを考えているように思われるのであるが、原判決が無罪としたもののうちには、示談金額が二〇万円というかなり高額のもの(原判決別紙一覧表(二)番号21の事案。原判決は、これを物損事故としているが、右事故により傷害の結果が発生しなかつたわけではない。記録一冊四六七丁、四七一丁裏。)や、賠償額について当事者の意見が、当初大巾にくいちがつていたもの(同番号22の事案。)が含まれている一方、原判決が有罪としたもののうちには、加療三週間を要する傷害事故で、治療費のほか、慰藉料として五万円を支払うことで示談が成立した事実(同番号8の事案。)等も含まれているのであつて、原判決自体、具体的にいかなる基準に基づき、いわゆる簡易少額な事件とそうでないものとを区別しているのか、必ずしも明確であるとは認められない。このように原判決が、自ら定立した基準を具体的事案に適用した結果が、合理的に納得し難いものとなつていることは、右基準ないしその前提となる前記解釈それ自体が抽象的かつ不明確であることを、如実に示しているものといえよう。

原判決のような基準を用いて、非弁護士の取り扱うことの許される法律事件とそうでないものとを区別することになると、いわゆる示談交渉が難航したかどうかという点が、右判断における重要な因子となることになるが(現に、原判決は、この点を相当重視しているように思われる。)、右の点は、必ずしも合理的でないうえ、両者の区別をいつそう困難にするものである。一般に、示談交渉が比較的円滑に行なわれたということが、事後的に考えて、右事案が比較的「簡易な」事件であつたことを推認させる一つの事情となり得ることは、一応これを肯定することができるけれども、示談交渉の難易は、事件自体の持つ複雑性と必ずしも本質的な関連を有するとはいえず、両当事者の有する権利意識や良識の程度、経済状態、あるいはまた交渉にあたる当事者の微妙な心理状態等、相当偶然的な要素によつて左右されることを否定できないのである(ちなみに、原判決が無罪とした案件の中にも、示談交渉は比較的簡単に妥結したが、その理由が、被害者が被告人を弁護士であると誤信し、その言動を信頼して自己の要求を抑えたためであつたり((原判決別紙一覧表番号122の事案))、加害者や被告人の言辞に畏怖したためであつたり((同番号621の事案))するものも含まれており、これらの事案も、もし事情が異れば、示談交渉がさらに難航した可能性を否定できない。)。したがつて、原判決のように、かかる具体的事情を捨象して、右示談交渉が比較的容易であつたことから、逆に、当該案件が「簡易な」事件であつたと結論することは合理的でないといわなければならないが、他方、右のような諸般の事情を考慮に容れなければ、「簡易な」事件であるかどうかが判断できないというのでは、両者の区別は、ますます困難となる。また、示談交渉が、前記のような偶然的な事情に左右されるものであることの結果、右が将来難航するかどうかを、事件の依頼を受けた段階で的確に判断することは、いつそう困難となるのであつて、これらの点は、明確性ないし法的安定性を重視する刑罰法規の解釈として、黙過し難い難点であるといわなければならない。

四原判決は、前記のような制限解釈をとるべき根拠として、もしかかる解釈をとらなければ、法七二条の規制が広きに失し、憲法二二条一項の保障する営業活動の自由を不当に制限することになる、という点を挙げている。しかしながら、いわゆる法律事件を業として取り扱うことのできる者の範囲を一定の資格ある者に限定し、これに種々の規制を加えること自体は、営業活動の自由に対する公共の福祉による合理的な制約であると解せられるのであつて(この点は、原判決も一応認めている。)、右法律事件の一部の取扱いに対する規制を、原判決のいう「弱い規制」に任せていないからといつて、ただちに違憲の問題を生ずるとは思われない。なぜなら、一般に、法律事件の適正な処理が、社会生活上不可欠の要請であることは、すでに述べたとおりであり、しかも、右法律事件のうちに、いわゆる「弱い規制」に任せれば足りるたぐいのものを理論上観念しうる余地があるとしても、これとそうでないものとを明確に区別する基準を見出し難い以上、これらに対し、一律に「強い規制」をもつてのぞむことも、けだしやむをえないところといわなければならない。営業活動の規制における適度なきめの細かさは、望ましいものではあろうが、法七二条の問題に関する限り、これを欠いたからといつて、ただちに違憲となるとは考えられない。

五法七二条につき、原判決のような制限解釈を採るとすれば、少くとも当分の間、いわゆる「簡易少額な事件」を取り扱う限りにおいて、非弁護士の活動は、まつたく放任され、何ら規制の対象とならないこととなり、これによつて生ずる社会の混乱は著しいものがあるであろう。原判決は、同条の解釈につき前記のような制限解釈をしても、いわゆる簡易少額な事件を業として取り扱いうる者に対しては、一定の法的規制を加えれば足りるというが、かかる法的規制がまつたく存在しない現時点において、過渡的なものであるにせよ著しい社会の混乱を惹起することの明らかな、前記のような見解を、現行法の解釈として採用するのは、慎重でなければならない。同条による処罰の範囲は、いささか広きに過ぎる感を否定し難いけれども、右の点に関する非難は、同条前段の罪の成立要件として、「報酬を得る目的」のみならず、法律事務を取り扱うことを「業とする」ことが必要であると解すること(最高裁判所大法廷昭和四六年七月一四日判決。)等の方法によつても、ある程度緩和することができるのであつて、右見解を採用せず、「その他一般の法律事件」の意義につきあえて問題の多い前記のような解釈をとる原判決の考え方には、にわかに賛同できないというべきである。

以上のとおりであつて、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に則り、当審においてただちに、つぎのとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、かねて「札幌保交商事」という名称で、自動車の保有者たる会員からの依頼を受け、自動車事故を原因とする損害賠償についての示談交渉等の事務を行なつていたものであるが、弁護士でないのに、報酬を得る目的をもつて、右札幌保交商事の業務として、別紙一覧表記載のとおり、昭和四一年一月七日ころから同四三年七月八日ころまでの間、前後三九回にわたり、札幌市大通り東七丁目大七ビル内札幌保交商事事務所ほか数カ所において、交通事故を起こした自動車の保有者または運転者あるいは交通事故の被害者などである同表記載の昭和乳業株式会社ほか三〇名から、交通事故の相手方との示談交渉などの依頼を受け、右会社らを代理して、事故の相手方である同表記載の貝瀬孝ほか三七名と交渉して和解を取りまとめるなどし、もつて、法律事務を取り扱うことを業としたものである。

(証拠の標目)<略>

(弁護人の主張に対する判断)

原審における弁護人の主張に対する当裁判所の判断は、原裁判所が、原判決理由(弁護人の主張に対する判断)の項において詳細説示するところと同一であるから、これを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、包括して弁護士法七二条前段、七七条に該当するので、所定中懲役刑を選択し、所定刑範囲内で被告人を懲役八月に処し、諸般の情状を考慮し、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。(中西孝 神田鉱三 木谷明)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例